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Making of ボディ
最初にボクシングらしいものを習ったのが、スポーツクラブに60分/週1回(8回で¥16800)先生でいらしていた帝京大のOBさんだった。
帝京が1部リーグだった頃ちょうど選手だったそうだ。今思えば、この人との縁がアマチュアをテーマに選んだ大きな鍵となったといえる。
帝京のシャドウを見ると、はっと先生(OBさん)がいるかのような気になり、懐かしい気分になる。私は左右のボディを習ったところで両手首をねんざし、スポーツクラブから足が遠くなった。
体験イベントで、にこやかな先生が鏡を向いたとたん、ぎくり、とする目つきと雰囲気に一変し、スタジオ内ははっと息を飲む。
参加した4.50人は、初めてみるジャブの機能的なフォームと刃物を連想するスピードに感動と賞賛のため息をもらすのだった。
そして、ある日、先生の試合のビデオを見せて〜と何人かでいった所、残念そうにないという。いつもさわやかな先生が、この話のときだけ見せる暗い顔が不思議だった。
アマってビデオや写真がない???あればよかった?
・・できなくもないが、現場の条件、使える媒体、許可、周辺事情、諸々の要素による。悲しいかなプロの習性、私の頭の中でこの時に企画立案の骨組みをプール、ボクシングに関係するなんらかの制作発表、という企画を。
その年初めて後楽園で観戦、先生達をモデルに初のCGTシャツの制作、約1年後に帝京大で練習場の下調査。練習用のサイトを試作。仕事の合間に少しずつ企画は具体化していった。
2003、「初恋はボクシング」というCG作品とスポーツクラブ路線のサイトを公開し、カメリハで後楽園にいくことにした。
5年前から、レールは決まっていたのかも知れなかった。
2005.11.10
2004.後楽園にて 関東大学ボクシングリーグ戦
帝京大学/松山 真来-専修大学/工藤 徹也
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