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紀元前4000年のエジプト文明において、軍隊が格闘の手段としてボクシングを採用していました。その後シュメール時代(紀元前3500年)になると仲間同士の体力増強と親睦を目的として周辺各地に広く普及し、交易の得意なフェニキュア人によってクレタ島にもたらされたそうです。前3000年ころのクレタ島(エーゲ文明)からボクシングをする少年の図が制作されており、のちにアトランティスのごとく滅亡した島の古代遺跡より発掘されたのです。 |
▲40メートルにも及ぶ火山灰の中から現れた古代遺跡より(写真右)発掘されたフレスコ壁画。オリンピック発祥の地でもあるギリシャの島から出土し、今年の大会開催地でもあるアテネの博物館でこの画は保存されているという。 極めて高度な文明を持ちながらも一夜にして沈んだという大陸の伝説は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。東のム−大陸。西のアトランティス大陸。このサントリーに島がアトランティスのモデル説になっていたという。この謎の古代文明の遺跡から、当時ボクシングをしていたと思われる少年達の絵が出土した訳である。約3500年前のボクシングとはとは、どんなものだったのだろうか。 何となくオリンピックをはさんでボクシングと古代文明に運命的なものを感じてしまうのだ。 また、少年達は鮮やかに描かれ、クリエイターの創作意欲を掻き立ててくれる。 ところが! |
古代文明におけるボクシング 謎の古代文明アトランティスをご存知の方は多いでしょう。まさにここがアトランティスでは?といわれる島がエーゲ海に浮かんでいる。
「 フィラの南西16kmにあるアクロティリの遺跡は、紀元前1450年頃の大噴火によって廃墟と化したミノア文明時代の街です。当時の文化や芸術性の高さを物語る有名な「ボクシングをする少年」や「百合とつばめの図」などの優れたフレスコ画が発見されており、アテネの国立考古学博物館で観ることができます。
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実を言いますと アクロティリの遺跡は火山の大爆発があったので完全に破壊されています。そうしてポンペイと同様 埋まっていたのを掘り出しそれを修復したのです。壁画の大部分は失われていて 想像で補修してあるのがBoxing Children なのです。あの補修の仕方はよくありません。 グローブらしき物を片方だけ嵌めているでしょ。 もともと原画では あの部分が欠落していて不明なのです。もう片方は見えているけれど 素手のまま つまりベアナックルなんですね。修復した人が グローブが無いのはおかしいと思ったんでしょう。それで青い丸まっこい手袋を画いちゃった。 この説も有力なんですが つまり、スポーツ関係者は 考古学も歴史も分かっていない一方、歴史家や考古学者はボクシングが全然分かっていない。だから妙な知識、解説がまかり通るのです。なにしろ オリンピックが近いから 半可通の専門家と称するのがいい加減なことを言い出すと思いますけれどね(笑 エジプト風の趣のアル美少年の壁画ですねえ〜。 なるほど、先生、ありがとうございました。 しかし、もしこの島がアトランティスだとしたら、伝説は真実だったということにになるんでしょうか。そこでは、ボクシングがなんらかの社会的役割を果していた訳ですねえ。 |